お墓のこと。

多摩御陵を訪れた。
明治神宮と同じく、しんとした濃い空気の気持ちの良い場所だった。
大正天皇陛下と貞明皇后陛下、昭和天皇陛下と香淳皇后陛下、
お一人お一人の大きなお墓は、お隣に在ってもお淋しそうに思えた。
平成天皇陛下は美智子皇后陛下とご一緒のお墓をお望みになられておいでだとか。

時々、お墓のことを考える。
わたしはどこのお墓に入るのか、と。
父方の姓を名乗っているので、祖父母と同じお墓に入れてもらいたい、そう思うこともある。
幼い頃からの思い出のあるお墓のマンション。

先日、母の友人の小父小母と母と、お墓の話になった。
それぞれがどこに入るかという話。
小父小母には子供がないので、ふたりでいろいろと考えていた。
小父小母は信心深く、若いうちから自分たちの墓所を整え、
月に一度お墓の掃除に行き、墓石に向かって手を合わせてお経を唱えていた。
気持ちが良いので時折わたしと母も同行させてもらう。
小母は母もわたしも一緒に入ろうと誘ってくれた。
遠い故郷のお墓よりも仲の良い者同士で一緒に入るのが良かろうと。
けれど、その霊園の決め事として近親者でなければ一緒に入ってはいけないということが後からわかったので、この計画は流れた。
小父小母が、母はどうしたいのかと訊ねた。
わたしは、母はわたしと入りたいのではないかと、ぼんやりと思っていた。
思ってはいたがわたしも子供がいないので、
母とわたしの二人ではわたしが入った後が放ったらかしになるなぁ、さて、どうしたものか、と。
安心なのは、母は母の実家のお墓に入ること。
そうすれば母の妹の息子であるわたしの従弟たち、その子供たちが当分は墓守をしてくれる筈である。
わたしも里帰りと思って、時折墓参りに行けば良い。
田んぼに囲まれた長閑なお墓なので、悪くない。
それとも、いっそのことお墓はやめて散骨にする。
今はお骨を粉にしてくれるところもあるというから、わたしが擂り粉木で骨を砕く必要もない。
わたしの時にも誰かに今から頼んでおいて同様にしてもらえば良い。
今は樹木葬というのもあるらしい。
考えは放射状に広がり、決められない。
情報が多くて混乱するので選択肢は少ない方が良いとさえ思う。
予算の都合だってあるのだ。
会話の声がだんだん大きくなって来たところで母は、いともあっさりと「どこでもいい」と答えた。
この議題、持ち越しとなる。

更に後日、小父小母と母と、樹木葬の墓地を見に行った。
その墓地は墓石のあるお墓もあれば、思い思いの低木が植えられているお墓もあり、様々だった。
墓所はなく、森の中の樹に亡くなった人の名前の入った札を打ち付けるというのも聞いたことがある。
命が繋がって行くようで、それは良いな、と思う。

死んだ後のことは自分では決められないのだし、
決めておいたとしても、そうしてもらえるとは限らない。
形を残すと後の人たちを縛るようで気も引ける。
先に送った猫たちと同じところに行ければ良いかと思うけれど、それもまた執着か。
ちょっと思っているくらい良いか。

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