馬のことを知らなかった。

そこは那須にある、競走馬が引退して余生を過ごす為に造られた場所で、
人も馬も猫も犬も、静かに静かに穏やかな日々を紡ぐところだった。
ブレーヴステイブル。

競走馬だった馬たちはとても繊細で、すぐにびっくりしたりする。
大きくて気弱な小動物のように。
こっちに来ないでよ、という顔をする。
あなた誰よ、という顔をする。
猫たちがわたしを馬たちに紹介してくれた。
馬たちの静かな暮らしを護っている人たちがいる。

馬の姿形が好きで、幼い頃は馬の絵をたくさん描いた。
眠る前に、馬と猫と犬と旅をする空想をした。
大人になって、旅先で機会があれば馬に乗った。
ジンガロはただただ見惚れる。
牧場で仔馬と一緒に撮影をしたことがあった。
仔馬は人懐っこく、ぴったりとわたしに軀を寄せて歩き、
わたしが丘の斜面に腰を下ろすと一緒に隣に座って、まるで大きな猫のようだった。
オーストラリアの牧場での撮影でも馬に乗った。
乗馬をする奥さんの役で楽しい撮影をさせてもらったこともあった。
馬事公苑で白く美しい馬との撮影もあった。
馬が好きだけれど、乗馬倶楽部に通ったことはない。
引き綱を引かれてゆっくりと馬場を一周するのは好きではない。
競馬場へは一度だけ行ったことがある。
走る馬たちは美しい。

ここでは、かつて活躍した競走馬たちが余生を過ごしている。

亡くなった馬たちの眠るお墓は山の上に在る。
馬が横たわった大きさの四角い土地は、小さな猫のお墓のように愛おしく見えた。

昔々から馬は人の暮らしの中に在り、
馬の最期というものも知っているつもりでいたけれど、
その時がいつなのか、その数がどれほどなのか、何も知らなかった。
そのことを思って、わたしが眠る前の僅かな時間に苦しくなったところで意味も無く、
美しい馬たちの為に在る場所がどうか護られますように、と願うことしかできない。
せめて心穏やかに、夜はゆっくりと眠れますように。

ブレーヴステイブル
bravestable.com

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