行きと帰りは違う道。

古いアパートだった。
暫くはアパートの屋根と同じくらいの高さに幹だけが残されていた。
随分と中途半端に切り残したものだと思っていたら、或る日突然切り株になっていた。
桜だろうか。
切り株としても大き過ぎると思うけれど、アパートの奥にも同じくらい大きな切り株があって、
しっかりと樹であった景色を眺めることができなかったことをひどく残念に思う。
空に広がる大きな樹の下に暮らすというのは、どんなものだろう。
桜であれば、花の季節はそれは見事だったろうと思いを巡らせる。
そして、切り株になってしまった樹を、これほどの年月を生きて来た樹を、
あぁ、惜しいことだった。

30年ほど前の夏、この建物の隣にある小さな広場で花火をした。
バケツに水を汲んで、長い時間を掛けて丁寧に何本も花火に火を点けた。
きれいだった。
その夜の友の大きな笑顔と、
グレーのカーディガンの袖をまくり上げた自分の左腕をとても良く憶えている。
穏やかな短い夏だった。

ちょっと洒落た遊具だと思う。
子供らしくない、アフリカのワンピースみたいな色合いだと横を通る度に思っている。
そこに、もうこれ以上はないくらいお似合いの自転車がころんと横たわっていた。
持ち主の少年はさっと自転車を起こして去って行った。
かっこいい。

夕陽を映した雲が美しくて家の前で見上げていたら、
お隣のご家族がちょうどご帰宅、「きれいですねぇ」と挨拶をする。
良い一日の終わり。

いつもの道、普段はあまり通らない道、行きと帰りは違う道、
その内にそこに在ったことも忘れてしまう風景、次の瞬間には消えてしまう色、
忘れたくないと思うことは多過ぎて、けれどわたしの中に留めておけるものには限りがある。
淋しいことのようだけれど、そんなことはない。
日々、眼に映るものは美しく在り続ける。

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