お雛さまと梅の花と、思いに耽る日々のこと。

良いお顔のお雛さまに出会った。
美しいなぁ。

伊勢を訪れた際に、二見浦の賓日館で皇室雛を拝見した。
江戸時代から飾られるようになったお雛人形は天皇陛下と皇后陛下を模したもの。
平安の頃の雛遊びや流し雛とは少し意味あいが違うように思う。

祖父母に贈られたわたしのお雛さまは七段飾りのとてもちゃんとしたもので、
高校生の頃まで毎年きちんきちんと飾っていた。
大人になって暮らす部屋が手狭になり、実家を片付けねばならなくなり、
祖母のことを思いながら泣く泣く手放した。
父に電話でそのことを伝えると、しょうがないだろう、と一言だった。
お内裏さまだけでも手元に残せば良いのかとも思ったが、
仕えるものを失った三人官女や五人囃子の先を思うと、それも憚られた。
おかげで雛祭りの頃になると、お雛さまを見ると、
一度悔い、そのあと仕方がなかったと思うことを繰り返している。

母と梅を見ながら少し散歩をした。
昨年と同じ木の前に母を立たせ、写真を撮った。
母はあまり変わっていないように思うけれど、年齢を言えば結構なお婆さんで、
大病もしたし、いつまで元気でいてくれるのかと思う。

友のお母さんと、お茶の時間を過ごした。
母とわたしにと雛あられを頂いた。
あぁ、今日が雛祭りだったか、と知る。
ずっとずっと以前に一緒に行った買い物の話や、
友のお母さんの作る餃子やコロッケの数の多さに驚いた話や、
今日着ているセーターは、あの頃集まっていた一人からのお下がりで、
気に入っていてかれこれ30年も着ているという話や、思い出話はあとからあとから溢れて来る。

小父小母を訪ねた。
愛らしい色の梅の向こうに夕焼けの終わりが見えた。
小父と小母と、妹のような人とその坊やと、母と、
日々のことを話して、笑って、中華料理を食べて、
特別なことのない、なんでもない心穏やかな週末を過ごした。

桃の花をろくに見ずに、桃の節句は過ぎていた。

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