少し秋。

赤とんぼがやって来た。
子供の頃に住んでいた辺りには空き地がいくつもあって、
わたしたちはそこで花を摘んだり、おしゃべりをしたり、おやつを食べたり、ままごとをしたりした。
空き地は遊び場だった。
秋になると夥しい数の赤とんぼが飛び、人差し指を高く上げてそこに停まるのを待った。
空き地で小さな自然を知ることが出来た。
今は空き地には入れない。
つまらないことだな、と思う。

杜鵑草。
ホトトギス。
鳥の名前を持つ花。
15年以上前、70代の女性に杜鵑草の花束を贈ったことがあった。
美意識の高い、高潔な人だった。
その反面、無邪気に黒いものを言葉にする人でもあった。
わたしはその人と折り合いをつけることが出来なかった。
会うことがなくなってから何年も経って、
彼女が誰にも見取られることなく亡くなっていたことを知った。
悲しくも、淋しくもない。
ただただ安らかに、と祈るばかり。

柿が色付く。
やっとわたしにも秋が来た。

祖母の庭になる柿の実で伯母が作った干し柿が送られて来たことがあった。
それはとても美味しくて、それまであまり口にすることの無かった干し柿を好きになった。

常盤山査子。
トキワサンザシ。
どうしても撮らずにいられない。

仔猫の爪のような月。

都会の夕暮れ。
あぁ、この空の色は秋だ、と思う。

都会の月。

成子天神社。
20年近く前に参加した映画のお祓いで訪れて以来。
随分ときれいになっていた。
夕刻でもお参りに来ている人がぱらぱらとあった。

まだ、秋を満喫出来ていない。
もう暫く、秋を探して歩いてみよう。

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