前回、バスでぶらりと出掛けたプラネタリウムでダライ・ラマの説法以来の心地よい眠りに落ちた私はさて、朝からナッツ類しか口にしていなかったので、おなかが空いていた。
せっかく出掛けてきたのだから、と何かおいしいものでも食べて帰りたかったけれど、「この周辺にはなさそうだ」と、土地勘はないものの食勘を働かせ、また別の町へと適当にバスに乗った。

見知らぬ街の見知らぬ乗客たち。同じ日本の同じ日本人(ほぼ)なはずなのに、見知らぬ感が私を旅人にさせてくれる。
不安で、けれどそのドキドキがワクワクにすり替わる心地。
まるで外国に来たかのようで、韓国留学時代にあてどなく市内バスに乗っては、ぐるぐるとソウルを巡っていた頃を思い出した。

やっぱりバスって、いいものだ。
いや、バスにしろ電車にしろ、車にしろ飛行機にしろ、どこかへ連れていかれながら車窓(飛行機の場合は機窓?)を眺めていられるのって、いい。郷愁的というかメランコリックというか、私前世、仔牛だったんだろうか? ドナドナドーナ……。

そんな物思いにふけっていると、父の運転する車に乗って何度か通ったことのある道に出た。
あれ、これって? 確かこの先に、そう! 森の中かといわんばかりの場所に、突如ハングリータイガーが出現するんじゃなかったっけ?

ハングリータイガーとは、このあたりの市内にひろく展開するハンバーグやステーキのレストランのことらしい。
“らしい”と距離を置くのは、「家族で外食といえばハングリータイガーだった」「小さい頃からよくハングリータイガーへ連れていってもらった」と市民サン達がその名を口にするのをこれまでに幾度となく耳にしてはきたけれど、私自身はただの一度も連れて行ってもらった記憶がなく、我が家の外食の定番はリーズナブルなすかいらーくだったからだ。
なんだよハングリータイガーって。おいしそうじゃないか、うらやましい!!
そんな価格設定の高い店、弟が二人いる共働き5人家族では高嶺の花、いや高値の肉だったに違いない。
だから今こそ……今こそ私は……!

気づくと、思った通りに出現したハングリータイガーを横切ってすぐにバスのおりますボタンを押していた。
運良く、次の停留所は店とそう離れていない場所。よく知らぬ土地の、名前も知らぬ停留所で、私は降りた。腹を空かした虎(ハングリータイガー)に会うために。いや、そもそも、私自身が今、“飢えた虎”なのかもしれない。

「何名様で?」と訊かれ、人差し指を一本突き出しながら「あ、ひとりです」とこの先私は何回言うだろう。
広いワンフロアの店内を見渡すと、4〜5人の家族連れが二組いるだけだった。夕めし時にはまだ時間が早いのだ。
周りに誰もいない、広いコの字型のテーブル席に通された。

一面の窓から見える外は日が落ちたばかりで、隣接する家屋も窓もまだ見て取れた。
ということは、向こうからもこっちが丸見えなんだなと思ったら、ハングリータイガーの隣接住人の心境やこれいかに?
年がら年中、人がジュージュー肉を食べているのが見えるなんて、私だったらイヤだ。うらやましいもの! うらやましすぎて、望遠鏡で観察してしまいそうだ。
「あっあの家族また来たな! 今月何度目だ。うらやましい!」
「あの坊主、今日はダブルハンバーグいきやがったな? 入学祝いか。うらやましい!」
「あの店員さん、カッコいい……! 彼女いるのかな、うらやましい!」
……そんな風に定点観測できたら、それはそれでたのしいかもしれない。

私はシンプルにオリジナルハンバーグステーキ(単品)と生ビール小ジョッキを注文した。
初めて訪れるお店では、欲張ってあれこれ手を出さずに(ホントは出したいのだけれどそこはぐっとこらえて!)、その店オススメのメニューに絞って味わうことにしている。

この日、私の給仕担当係君はどうやら新人の男子学生らしく、たどたどしく私に接してはスコスコと厨房手前のたまりまで帰っていき、先輩諸氏たちにあれこれ指導されたりしては、また戻ってくるというループを必死にこなしていた。
だから私が熱々のハンバーグを口に運んだ瞬間に「お料理は全て……お揃いですか?」と訊いてきたとて、私も「ふぁい(はい)」と必死に答えるだけだ。

がんばれ新人君! 私も今日、初めてハングリータイガー来たんだよ。
すごいでしょう? ひとりで来れたんだよ。

うれしかった。おいしかった。それと少しの、さみしさ味するハンバーグ。

帰りは、さきほど降りたバス停から家の近くまでのバスが通っていた。
家路をいそぐ人たちで満員のバスに揺られ、満腹の虎がひとり、車窓を眺めながら帰っていったとさ。

街灯や家々の明かりに照らされて、いつもよりはきらきらした瞳で。
肉汁の余韻とともに、「次は誰かと一緒に来よう」と噛み締めて。

めでたしめでたし。

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PROFILE執筆者プロフィール

大島智衣

エッセイスト・脚本家/おもに恋と'じーん'について ✐エッセイ『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』他 ✐脚本協力『獣道』内田英治監督 ✐脚本『花の名前』利重剛監督、BOYS AND MEN『キスのカタチ』/放課後の再放送ドラマ育ち。実家暮らし独身。おいしそうに食べます。