男性と二人で食事に行ったり呑みに行ったりだして、あとになって何がショックって、彼がじぶんに興味がなさそうだとかあの日なんの進展もなかったなとかそんなことじゃなくて、彼らのほとんどなにも覚えていないことだ。何を言ったか以外にはだいたい。一緒に数時間かそこらを至近距離で過ごしたというのに。

もっと見たかった。なのに全然見ていなかったことに気づく。
どんな服を着ていて、どんな髪型で、帽子は被っていたか、カバンはどんなのだったか。ましてや。たまに女友だちが「◯◯君って唇がイイんだよね〜」なんて話していると、唇?全然どんな唇だったか思い出せない、ひとの唇なんてまったく気に留めてないんだな、とびっくりするのでましてや、唇なんて。瞳の動きはよく見ているように思うけど。

好意があって一緒に出かけるひとのことなら、本当は細部までじっくり観察したい。
でも、それをしないのは……できないから。できないのは、好きだと思われないようにしているから。そうするのは、向こうのこちらへの関心がじぶんより下回るのがこわいし、ほぼだいたい下回っていると思っているから。じぶんが好意を持っていることを知られたら警戒されるだろうから。こちらはそういうつもりはないですよ、これからもフランクにつきあってこ〜人と人同士で! ってポーズを取っているから。

ええと。なにやってるんだろう?
好きじゃないフリとかもういい加減、つかれた。

見たい。目とか鼻とか毛穴とか。眉毛とかまつ毛とか髭とか。銀歯はあるの? とか。ぜんぶじっくり見たい。メガネ掛けてたら「ちょっと貸して」って奪って掛けたい。「うわ、クラクラする。視力いくつ?」って驚きたい。プロレス技でたらめにかけるみたいにしてしがみつきたい。……どうしてできない?

したっていいはずのことを、してはいけなくさせている仕組みがある。ときどき、憎い。

せめては。もっと今後、もう少しくらいは、いいなーと思うひとのくちびるくらいは盗み見してきたい。気づかれない程度に見るくらいはよかろう。外国の恋愛ドラマや映画で男女がキスする前にくちびる見合ったりするみたいなんじゃぁなくて。やったことないけどね、あんなの。

けどたとえば、あの日。「またねー」って別れて信号渡って、まぁ、まさかね、ってしばらく行った先で振り返ったら手を振ってくれた、ずっと向こうの豆粒みたいな真っ黒なシルエットが脳裏に焼き付いてるのだけでも、あの日会えた意味がじゅうぶんにあったと思える。ほかは全然おぼえてなくても。

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PROFILE執筆者プロフィール

大島智衣

エッセイスト・脚本家/おもに恋と'じーん'について ✐エッセイ『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』他 ✐脚本協力『獣道』内田英治監督 ✐脚本『花の名前』利重剛監督、BOYS AND MEN『キスのカタチ』/放課後の再放送ドラマ育ち。実家暮らし独身。おいしそうに食べます。