友だちの家を訪れるのにマンションの1階でエレベーターを待っていた。
風通しのないこもった空間で蒸し暑く、足元を見ると蚊が飛んでいた。思わず足をばたばたさせて刺されまいとしていると、ドタドタと走り込んでくる音がして息を切らした少年が飛び出してきた。
マンションの住人なのだろう。私に一瞬小さく会釈をした気がしたけれど、私は住人ではないので特には気づかなかったふりをした。

エレベーターが到着すると、先に少年が乗り込んだ。続いて私も乗り込むと、「何階ですか?」と彼が尋ねる。エレベーターのボタンはすでに12階が押されて点灯しており、それは彼が住む階なのだろうと判断された。
「7階です」そう答えると、少年はサッと7階ボタンを押し、閉まるボタンもすぐに押下した。そうするように親に教育されてるんだろうなと思った。
子どもは苦手だ。彼らに対して必要以上に愛想よくしようと思わないし、だからといって敵意を持つまでのつもりもないし、不必要に互いを傷つけ合うことのないようできるだけ距離を取る。
「ありがとう」とお礼を言った。少しぎこちなく形式的に響いたと思う。

7階までというのは黙っているには長い時間だったので、大人の礼儀として? はたまた義務として? いずれの判断もつかぬうちに彼に話しかけた。
「何年生ですか?」「4年生です」(4年生ってこんな感じか)「偉いねぇ」「……」
少年はあまり表情を変えずに、前を見据えたままだった。背も体重も私の3分の2ほど。歳は4分の1である。謙遜も愛想もまだよく知らない。それらしいまっとうな反応だったと思う。

エレベーターが7階に着くと、彼はすぐに開くボタンを押した。これまたしっかりと教えを守ってうまくやっている。「ありがとう」と言ってエレベーターを降りた。

エレベーターボーイ。マンションの小さな住人。

少し大人びすぎて、ややもすると鼻につくけど、彼がそうしたいならすればいい。感心した。
いや、もしかしたら、純粋にエレベーターオタクの少年ってこともあるのかもしれない。
電車が好きで電車の中でひとり車掌をしている青年っている。そのエレベーター版、“エレベーター少年”。

としたら、稀有な存在に出会った。彼もいつまでエレベーターボーイをし続けるかわからない。一生やり続けるってこともわからない。どこかのタイミングでやめてしまうかもしれない。期待したほどのなにかを得られなかったり、傷ついたり、もっと他のものに興味が移ったり。そんな少年の人生の「エレベーター少年だったころ」のいっときに偶然にも遭うことができた。

もしかしたらの平成最後のエレベーター少年。出くわしてくれてありがとう。
この奇跡を胸に次の元号も生きていこう。

友の部屋からの帰り、マンションのエントランスには七夕飾りがあって「短冊に願いを書いて笹に飾ってください」と住民の子ども達によるものであろう字で書かれていた。ペンと短冊と紐も用意されていた。
私は住民でもないのに、「友だちがもっともっと幸せになりますように」と願いを込め、笹に括り付けた。
書き忘れたけど、あの少年の未来ももちろん、そうでありますように。

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PROFILE執筆者プロフィール

大島智衣

エッセイスト・脚本家/おもに恋と'じーん'について ✐エッセイ『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』他 ✐脚本協力『獣道』内田英治監督 ✐脚本『花の名前』利重剛監督、BOYS AND MEN『キスのカタチ』/放課後の再放送ドラマ育ち。実家暮らし独身。おいしそうに食べます。