3年ぶりに浮気をした。
彼と遠距離になってしまい、手近なところに手を出してしまったのだ。美容室の話です。

昨夏、「菊池亜希子ちゃん可愛いなぁ。菊池亜希子ちゃんになりたいよ」とバッサリ切ったら田嶋陽子女史になってしまって以来、髪は伸ばしっぱ。もうとっくに肩に着いた毛先の、ざっくばらんさが気になっていた。

けれども、ここ数年お世話になっていた美容師さんが独立し、少しだけ遠くの街へ。しかも微妙なことにその最寄り駅は、「できるだけもう会いたくないなぁ……よよよ」と私が思っている人が住んでいる駅だったりして、余計にどうしたものかと思っていた。

毛先、整えたくも 美容院、行き難し

んな「少年老い易く 学成り難し」みたいなこと言ってもどうしようもないんだけれど。
ならば、とお勤め先の近くに昨年オープンした所へ行ってみようと思った。古民家カフェが併設された素敵めサロンである。

早速、ウェブサイトを覗いてみると、カットは5,000円。ご新規さんは1,000円引き。優しいお値段!(難しい立地に佇む恩恵か?)

スタッフさんは写真を見る限り……ギャル男、カーショップオーナー風、ガッシリ体育会系短髪の3人。なんとも選びづらい! 特にギャル男さんは相性キビシイかもなぁ。指名するなら、店長でもある体育会系さんかなぁ。

と、ある程度算段して予約の電話をしたというのに、「ご指名は?」と訊かれて思わず「特にありません」と答えてしまった。なんの遠慮であるか。ギャル男になったらどうする。

ギャル男だった。
しかし、生ギャル男氏は写真よりもずっと小綺麗で、俳優・大谷亮平の8歳年下の弟といった風だった。整った顔立ちで、香水の量が半端なかった。

いいのだ、こういうのは運に任せるのがいい。
元カレ、いや、前の行きつけの美容師さんだって「お任せで」で引き当てたナイス美容師さんだったではないか。きっと大谷弟とも……

噛み合わない!
私が笑うところで真顔はヤメてー。

やはり、私にギャル男など無理なのだ。野性味溢れる香水が私には、蚊取り線香に燻されたがごとく精神に直に効いてくる。こんなずんぐりムックリな女は臆してしまう。

「長さは変えずに毛先を整える、と。では、まずはシャンプーを」

促されるままシャンプー台へ腰を下ろす。

「倒しますねー」

ひゃあ! 今、「押し倒しますね」って言った?
歯医者でも美容院でも、いつもこの決まり文句にドキッとする。椅子だよバカッ、倒すのは!

おとなしく、されるがままにシャンプー。
なんて気持ちがいいのだろう。4,000円で、イケメンが、シャンプーして髪まで切ってくれる。

うむ。愛想笑いすらしてくれなかったところで贅沢は言えまい。美容院では雑誌は読まず、どうでもいい会話をするよりはうつらうつらしているのが心地良い私を、叩き起こすかのように毎朝のブローのコツを伝授してくれたりしても、今日ばかりはしっかりと聞こうではないか。若干引っ張り気味で乾かすのねっ、了解!

夢のような時間はあっと言う間に終わった。毛先揃えるくらいだからこんなものか、と名残惜しくレジに向かった。

彼の両手が目線近くに入る。さっきまでは鏡越しで遠くてはっきりは見えなかったけれど、結構荒れてしまっている。爪は、マニキュア塗った? というくらいに染まってしまっていて。思わず「頑張ったんやねぇ……」と、母親か姉かくらいの気持ちになった。

恥ずかしがらず、真っ直ぐに彼の目を見据えて「ありがとうございました」と御礼を言った。彼はちょっとたじろいで、笑った。

帰り道、全身が大谷弟の香水の香りに取り巻かれているのがわかった。
また、来ると思う。私には弟が二人いるが、三人目の弟として時々様子を見に行く姉のような気持ちで、来ようと思う。
その時は「アンタちょっと香水つけ過ぎ!」と口やかましく言ってもみたい。言えないけど。

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PROFILE執筆者プロフィール

大島智衣

エッセイスト・脚本家/おもに恋と'じーん'について ✐エッセイ『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』他 ✐脚本協力『獣道』内田英治監督 ✐脚本『花の名前』利重剛監督、BOYS AND MEN『キスのカタチ』/放課後の再放送ドラマ育ち。実家暮らし独身。おいしそうに食べます。