この先に消防署がある。
朝、出勤しがけに、消防隊員がずらっと整列し朝礼をしているのを見るのが好きだ。
消防署の周りをランニングしている隊員たちに遭遇するのも好きだ。電車のダイヤが乱れてるけど、「本日に限り始発で運行します」とタイミングよく始発電車がホームに入船してきたときくらい気分が揚がる。
一年に一度、消防隊員が職場に来て、消火器の使い方をレクチャーしてくれる消防訓練も好きだ。絶対に参加したい。非番だと、シフト作った人のデスクで桔梗信玄餅を食べて粉まみれにして差し上げたい。
オレンジ色はあんまり好きじゃないんだけど、消防隊員の制服は好きだ。
日常で目にすることができるリアルなヒーロー。それがきっと消防隊員だ。

そんなヒーローたちがわんさか乗ったデッカい真っ赤な消防車が、この下を通ったことがある。
「あ、」と見ていると、隊員たちが歩道に向かってわーと手を振っているのだった。
「何あれ!? すごい手振ってる! 夢みたい何あれ!」っと思っていると、歩道で消防車に手を振っている子どもたちに彼らは手を振り返してあげているのだった。
日常で目にすることができるリアルなエレクトリカルパレード。それはきっと消防車だ。

すごい。手を振ると、あんな風に振り返してくれるんだ。いいな。何かアクションを起こしたら、リアクションしてくれるのっていいな。

私も振ったら、振り返してくれるかな?

……振っちゃあいけない気がする。大人だし。いい大人だしね。
それに、私が手を振っていたら、「助けてーッ!」って救助を求める市民みたいに思われないか。
「気づいて! こっち向いて! 助けてーッ!」って救助の要請している緊急事態の人みたいに。それはいけない。助けられても困る。

私はもう、誰かに手も振れないのだろうか?

いや。それでもこっそり、飛行機が離陸する時に、乗客に手を振り“お見送り”してくれる空港職員たちに私はこっそり、小さな窓から手を振り返す。「いってきまーす」と目を細め、この瞬間が旅のクライマックスといってもいいかもしれないくらい、嬉しくてワクワクする。

あと、船やバスに乗っている子どもが誰へともなしに手を振っていると、振り返してはあげる。大人だもの。それくらいには子どもたちに対して大人でありたい。

振り返すことはできる。
しかしじぶんから振ることは、こわい。

だって、振り返してもらえなかったら?

延ばした手を、取ってもらえないことは何よりもつらい。コンビニでクジを引かされたら「応募券」が当たった時以上にどうしていいか分からなくて、つらい。
既読スルーするはずもない優しい大人の男性が、最上限に優しく既読スルーしてくれちゃうときなどはいちばんつらい。
どんどんこわくなって、しまいには手を挙げることすらも、しなくなる。つらい。

だけど、つらかったとて何であろう?
好きだったこと、たいせつだったこと、それ自体が消えることも奪われることなんかも、ない。下げたその両手でぎゅっと抱きしめていれば、それでよい。

だから、いつかまた、きっと手を振ろう。
ここに、あなたを好きだって人が、ここに居ますよーというのは伝えるのがいいと思うから。

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PROFILE執筆者プロフィール

大島智衣

エッセイスト・脚本家/おもに恋と'じーん'について ✐エッセイ『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』他 ✐脚本協力『獣道』内田英治監督 ✐脚本『花の名前』利重剛監督、BOYS AND MEN『キスのカタチ』/放課後の再放送ドラマ育ち。実家暮らし独身。おいしそうに食べます。