愛する誰かと食事しろ? −大島智衣の「oh! しまった!!」第8回




駅前の一風堂でひとり、思いのたけ豚骨ラーメンを食べ、ふぅ〜満足満足♪ とお店を出たところで知り合いの男性とバッタリ鉢合わせてしまった。

「おーしまさん、ひさしぶりー! 何してんの?」

何の気なしにそう訊かれ、思わず「えっ」と気恥ずかしくなった。
咄嗟にごまかそうとしたが何の嘘も浮かばない。
平日の夕方を過ぎた仕事帰り、駅前を歩く女にふさわしい理由とは一体。
マツエク? 英会話? ら、

「ラーメンを。ラーメンを……はい」

つきなれない嘘を早々にあきらめ、歯切れ悪く正直に答えながら、まるでもう風俗店にでも行ってきたかのような後ろめたさでいっぱいだった。風俗、行ったことないのに。

湧き起こる欲求を、じぶんの思うがままに、どこまでもわがままに、思い切り満たす。お金で。

……これって、食事に行くのも風俗に行くのも同じ仕組みだなぁと常々思っている。
飲食店の店頭でメニューの看板をしげしげと覗き込んでいる私は、風俗店の看板の前で「当店の人気No.1」を物色している男たちと変わらないな、とも。

そんな“現場帰りを知り合いに見つかっちゃった”感ったら。
くっそう! もっと裏通りからこっそり帰ればよかった!
そうニンニク臭い口で歯ぎしりしながら後悔しても、もう遅いのだった。

しかし、何を後ろめたく思う必要があるだろう。
合法である飲食店で正規の金額を支払い、その対価としてメシを喰らう。どこも咎められようがない。真っ当だ。

ではナゼ……?

それはきっと、この気恥ずかしさや後ろめたさは、性的な一人行為(とても遠回しに言っていますが)のあとに襲ってくる“虚しさ”や“罪悪感”と、そう同じ!

あの、決して避けられない「ひとりで何やってんだ……」な世界一孤独なひととき。
あれは、生殖を本分とする遺伝子たちの怒号に近い叫びのせいなのだ。

「オメ何ひとりで満足してンだ? 愛する誰かとしろ? そんなことされたらウチらかなわねぇっぺ。遺伝子の連鎖、立ち行かねぇべ。ンだから、めっちゃ虚しい気持ちにさせてやっぞ? とびきりの罪悪感もお見舞いすっど。わかったな? 次からはちゃんと誰かと幸せに繋がるんだば?」

……という鬼信号を受信しているのだ。

そしてそれは、恐ろしいことに、ひとりメシのあとにも発信されるのである。
「オメ何ひとりで満腹になってんだ? 愛する誰かと食事しろ?」

あゝコワいコワい! ひとりで欲求を満たすことへの容赦なき叱責たるや。
あらゆる場面で“孤独”や“さみしさ”を突きつけてくる体内の鬼教官の存在よ。

それでも、もっか聞き流している。
抗うつもりもないけれど、言われるがままになる必要もない。

さみしいも、さみしくないも、じぶんで棲み分けていい。

ひとりはひとりで、とても自由で、誰かをひどく恋しいと思いながらひとりすするラーメンもまた、格別なのだ。ちょっとしょっぱい。

とはいいつつも。今後また、ひとりメシ後に誰か男性にでもバッタリ遭遇したときのために、「ホットヨガの帰りです!! ふぅ〜お腹空いた〜。どっか食べに行きません?」などと嘘も八百、食事に誘える練習はしておきたい。もうお腹パンパンなんだけどね。

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PROFILE執筆者プロフィール

大島智衣

エッセイスト・脚本家/おもに恋と'じーん'について ✐エッセイ『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』他 ✐脚本協力『獣道』内田英治監督 ✐脚本『花の名前』利重剛監督、BOYS AND MEN『キスのカタチ』/放課後の再放送ドラマ育ち。実家暮らし独身。おいしそうに食べます。