『本、言葉、女優、そしてスローバラード』

紹介本:『いやらしさは美しさ』(著者:早川義夫 (株)アイノア 2011年刊行)

この本のタイトルを見て、すぐに思い出した場所と女性がいた。
その日 ひとりで個展、絵を見に行った。会場に入ると 私だけ。そのすぐ後、ひとりの女性が入ってきた。女優だった。それも私がその年に観た映画の中で一番好きだった作品に主演をしていた女優だった。ドキドキした。でも、絵を見に来るというプライベートな時間なので、決して話しかけることはしない。
私は絵を見る。彼女は私のすぐ隣に来て見る。私は動いて他の絵を見る。彼女も動いて私の隣に来る。私は動く。また彼女は隣に来る。
そして・・・彼女が話しかけてきた!!

「この絵、素敵、すごく好き、そう思わない?」

私は首を振り、「こっちの絵の方がいい」と他の絵を指した。
「ふーん、この絵のどこが好きなの?」と彼女。
私は正直に感想を言った。「なんかね・・・濡れている感じがするから・・・」
すると彼女は私の顔を見て笑顔で、きっぱりと言った。「あなたって、いやらしいのね!」
私は言った。「それって、誉めているの?」
彼女はまた笑顔で言う。「もちろん!男の人はいやらしくなくちゃ駄目よ!」

女優の名は、松田美由紀さん。今から23年前のこと。
おそらく私は生涯 このことは忘れないと思う。・・・・だけど、その後 再会して、そのことを伝えると、松田美由紀さん本人はすっかり忘れていた。
「言葉」は人それぞれの中で、生きていき、無くなっていくのだなぁと感じた。

そんなタイトルだけで、タイムスリップさせてくれた本『いやらしさは美しさ』を、私は、何度も本棚から取り出し、読み続けている。
著者の早川義夫さんは1947年生まれ。1968年にバンド・「ジャックス」でデビュー。その後 音楽業界を離れ、1973年から22年間 書店を開業して働く。
著作の『ぼくは本屋のおやじさん』(晶文社・刊)はロング・セラーとなった。1993年から音楽活動を再開。現在もライブハウス、ホールで唄い、アルバムを制作、本書は5冊目の著作になる。
書店時代の話は「わかる!わかる!そうだよ!」の連続でうなずきながら読んだ。
本屋の接客について、レジでのつり銭の渡し方(自分がお客の時の)渡され方、「立ち読みについて」、「父は僕の本を124冊買った」等々 書店員は必読だとも思った。
「スローバラードの情景」の章では RCサクセションの名曲『スローバラード』との出会いをこう書いている。

~<スローバラード>を初めて聴いた時、「ああ、負けた」と思った。もちろん、音楽はたましいの問題だから、勝ち負けなどあるはずはないのだが~(本文より抜粋)

「負け」を素直に認められる人は、強い人だと思う。
そこから、その人自身が始まるのだから。
何だか、『スローバラード』を聴きたくなってきた。一冊の本と出会い、人を想いだし、音楽を聴きたくなる。とても嬉しい。
早川義夫さんの文章は押し付けがなく、繊細で優しい。だからこそ恐いのだ。
書店員の先輩の早川さん、ミュージシャンの早川さん、そして文章を書く早川さん。
私はどの早川さんも好きだし、これからも観て、聴いて、読んでいきたいと思っている。

 


ABOUTこの記事をかいた人

相原 透

相原 透(アイハラ トオル) 東京生まれ。20余年、都内書店勤務。その後、出版社に転職。 週刊朝日、IN・POCKET(講談社)、銀座百点、公募ガイド 等  雑誌に書評、著者取材・原稿、寄稿多数。 講談社文庫『光二郎 分解日記 相棒は浪人生』(著者:大山淳子 2017年刊行)の解説を書く。 『カタヨリ荘』の住人になれて嬉しくて仕方がない毎日。 好きな作家:池澤夏樹、沢木耕太郎、桜木紫乃、伊吹有喜、大山淳子、柚月裕子