秀逸な物語、京都の老舗旅館物語|相原くんの「これ、読んでみる?」62

紹介本:『若葉の宿』(著者:中村理聖 集英社)

物語が無性に読みたくなる時がある。上手な例えが浮かばないが、例えば音楽で、昔の歌謡曲を聴きたくなるような感じ、と言えばいいのかどうか…。自分の半径30センチくらいの世界や生活の中で感じていることを楽曲にして歌い上げるシンガーの曲は、ちょっと聴きたくない時もあり、作詞・作曲家が作り、ひとつの物語を歌い上げる歌謡曲が心に染みる、そんな時ってないだろうか?
誰でも、自己啓発やビジネス書ばかり読んでいたら疲れるだろう。たまには、自分と直接関係のない、物語の中を泳ぎたい、そんな時が私には周期的にやってくるのだ。
作家、中村理聖さんの小説すばる新人賞受賞後、第一作作品としてこの本は書店に並んだ。情報が溢れる今、直感だけで(タイトル、著者名、本の装丁…くらいで)手に取り、冒頭部分だけ読み、この本は購入した。
主人公・若菜は、新米の仲居として、京都の老舗旅館で働く。彼女は悩んでいる。自分の境遇を、生き方を、どうしようもない時代の波を感じて、答えのない問いを心の中で繰り返している。
祇園祭~葵祭まで、京都の四季が描かれ、若葉の成長の物語である。
厳しい読み手として、書評家として尊敬している池上冬樹先生、女優の中江有里さんも推薦の言葉を帯に寄せている。良質な良い作品である。
こういった物語を自分は読みたい。読後、本を閉じた時の爽快感。何を学ぶではなく、何を感じたか、という気持ちを持つこと。登場人物が心の中に残り、心地良い余韻の中、彼ら彼女たちのその後を考えること、その大切さを再認識した作品であった。

2019.03.03
  相原 透










ABOUTこの記事をかいた人

相原透

相原 透(アイハラ トオル) 東京生まれ。20余年、都内書店勤務。その後、出版社に転職。 週刊朝日、IN・POCKET(講談社)、銀座百点、公募ガイド 等  雑誌に書評、著者取材・原稿、寄稿多数。 講談社文庫『光二郎 分解日記 相棒は浪人生』(著者:大山淳子 2017年刊行)の解説を書く。 『カタヨリ荘』の住人になれて嬉しくて仕方がない毎日。 好きな作家:池澤夏樹、沢木耕太郎、桜木紫乃、伊吹有喜、大山淳子、柚月裕子