『再会 記憶 メリーゴーラウンド』

紹介本:『ふたりの季節』(著者:小池真理子  幻冬舎 2008年刊行)

「♪ねぇ 知ってるかい 人生はメリーゴーラウンド 偶然に 君と会えるなんてさ
 何故 あのとき 別れたの 俺には・・・・」
(作詞:有川正紗子 作曲:寺尾聰 「メリーゴーラウンド」より) 

ひとりの作家が気になると(気にいると)、過去の作品や新刊を待ち、集中的に読むことが時々ある。作家・小池真理子さんもそのひとり。
主人公、由香が休日、カフェで過していると、偶然に昔の恋人と出会う。この偶然がさりげなく、決してわざとらしくないのがいい。急に雨が降り出したり、物語を転換させるために突然、交通事故にあったり・・・なんてことはない。会話だって、たどたどしい。そこがまたいい。“再会”が劇的な物語など読みたくもないのだから。
高校時代の恋人。30年を越えた時間が過ぎている。それぞれ別の道を歩いてきたふたり。そして再会。現在と過去の記憶が甦り、物語は進む。都合良く、甘い想い出に変えてしまうこともなく、記憶は淡々と記述され、必要以上に“今”を飾り立てることもしないふたり。繊細な緊張感と、互いを想う、思いやる会話が爽やかで、読んでいて嫌らしさがない。

「・・・三島由紀夫の作品を読みふけった。何故、三島は死を選んだのか・・・しかし、答えなど、出るはずもなかった。三島の死に限らず、長く生きていれば、そのうちわかると思えたことも、わからないままでいる・・・」(本文より)
そういえば、私も高校時代、挑むように、三島由紀夫を読み続けていた。文体の美しさ、表現力に圧倒され、悔しくて、悔しくて、仕方なかった。
「思想や政治闘争など、ひとつも関わったことがなかったというのに、自分もまた、同じ時代を生きていたことを、いやというほど思い知らされた気がした・・・あるがままの形で、時代と溶け合うようにして生きた自分のことを思った」(本文より)
物語の終わり方も好きだった。『ふたりの季節』、傑作の短編だ。

「♪いつだって たったひと言を探せずに終わるさ・・・ねぇ 知ってるかい 人生はメリーゴーラウンド 向かいあう昼下がりのカフェで」(「メリーゴーラウンド」より)
この小説を読み、すぐに、この「メリーゴーラウンド」という曲が、自分の中で聴こえてきた。俳優・ミュージシャンの寺尾聰さんが友人のために作った楽曲(のちにセルフ・カバーしている)。歌詞と小説のストーリーが似ていた、ということもあるが、少し切なく、でも愛しさと優しさのあるふたつ(小説と曲)の世界観が共通だったことが、聴こえてきた原因だと思っている。「メリーゴーラウンド」と聞いて、懐かしさと華やかさ、淋しさと哀しさの両方を感じる。歌詞の世界で、よく「メリーゴーラウンド」という単語は“変わらない毎日”“繰り返す、退屈な日常”といったものの比喩にされがちで、いつもかわいそうだな~と思っていたが、この曲は“出会い”“再会”を意味する比喩に使われていて、何だかほっとした。

久しぶりに『ふたりの季節』を読みたくなってきた。不器用で、でも優しく、精一杯生きている由香と拓の再会の物語を読みたくなってきた・・・。
もちろん、読み終えたら「メリーゴーラウンド」を聴こうと思っている。










ABOUTこの記事をかいた人

相原 透

相原 透(アイハラ トオル) 東京生まれ。20余年、都内書店勤務。その後、出版社に転職。 週刊朝日、IN・POCKET(講談社)、銀座百点、公募ガイド 等  雑誌に書評、著者取材・原稿、寄稿多数。 講談社文庫『光二郎 分解日記 相棒は浪人生』(著者:大山淳子 2017年刊行)の解説を書く。 『カタヨリ荘』の住人になれて嬉しくて仕方がない毎日。 好きな作家:池澤夏樹、沢木耕太郎、桜木紫乃、伊吹有喜、大山淳子、柚月裕子