『ロック、新宿のキャバレー、ひとりの脚本家』

紹介本:『乳房』(著者:伊集院静 講談社文庫 1993年刊行)

作家の桜木紫乃さんとお会いすると、必ず萩原健一さんと伊集院静さんの話題になる。
そういえば、萩原さんが歌った『愚か者よ』の作詞は伊達歩(伊集院静氏の作詞家の時のペンネーム)だった。桜木さんが直木賞を受賞した時の選考委員のひとりが伊集院さん。誰よりも強く桜木さんを推薦したと聞いた時は、嬉しかった。
作家と作品を見る目も冴えている。
1989年、伊集院静さんの『三年坂』を購入し、小説デビュー作『皐月』を読んだとき、
すごい執筆力のある人が出てきた、と感じた。その後、氏はすごい勢いで
人気作家となり、吉川英治新人文学賞、直木賞と受賞が続く。
『乳房』は、直木賞受賞の少し前、90年、刊行の作品だったと思う。
小説『乳房』のレビューからは、少し離れてしまうが、この小説が原作となった映画の脚本家とのたった一度の邂逅について書いてみたい。

20代の頃、大晦日は必ずニュー・イヤー・ロックフェスティバルで年を越していた。
当時、開催できる場所が毎年変わり、浅草の常盤座や、ストリップ劇場だったこともあった。その年は、新宿のキャバレー「ムーランルージュ」。
いろいろな場所を教えてくれるな(笑)と思いながら、ふと横のボックスシートを見ると、小さな女の子を笑わせている脚本家の斎藤博さんだった。
何かのきっかけで話すようになり、斎藤さん脚本のドラマ『センチメンタル無宿』、
映画『Aサインデイズ』(脚本:斎藤博、崔洋一)の話をした。
「毎年、(これ)聴きにきているの?」「石橋凌さん、役者としてもいいよね」なんて話しながら「この女の子はこちらの監督さんの娘さんなの」と。
こちらの監督さんは根岸吉太郎監督だった。「今度、根岸監督と映画やるから必ず、観てね。また会おうね。また話そうね」
根岸監督と映画を作るんだ!と言う斎藤さんはすごく嬉しそうに笑った。
後日、伊集院静氏の小説、『乳房』が映画化されるニュースを知った時、「あぁ、この映画のことだったんだ」と、また斎藤さんの嬉しそうな笑顔を思い出した。
1994年、42歳の若さで斎藤博さんは亡くなった。
「また会おうね、また話そう」と言って、会えなくなった人。

昨年、編集協力をした本、『わたしの本棚』の著者は女優の中江有里さん。
中江さんはドラマ『センチメンタル無宿』の出演者であった。
「(脚本の斎藤さんは)撮影現場に来てくれました。ドラマのシーンについて話した記憶があります」と。そして「たった一度の放送だけなのに、『センチメンタル無宿』はたくさんの人の記憶に残っていて、よく聞かれます」と話してくれた。
伊集院静さんの『乳房』を手にとると、脚本家・斎藤博さんの笑顔と、脚本作品『乳房』、『ザ・中学教師』『Aサインデイズ』、『ボクの女に手を出すな』等々、想い出す。










ABOUTこの記事をかいた人

相原 透

相原 透(アイハラ トオル) 東京生まれ。20余年、都内書店勤務。その後、出版社に転職。 週刊朝日、IN・POCKET(講談社)、銀座百点、公募ガイド 等  雑誌に書評、著者取材・原稿、寄稿多数。 講談社文庫『光二郎 分解日記 相棒は浪人生』(著者:大山淳子 2017年刊行)の解説を書く。 『カタヨリ荘』の住人になれて嬉しくて仕方がない毎日。 好きな作家:池澤夏樹、沢木耕太郎、桜木紫乃、伊吹有喜、大山淳子、柚月裕子