『映子が静かにさえぎった。「ずっとあなたのことだけ思って生きてきたわけではないのよ」』

紹介本:『ビコーズ』(著者:佐藤正午 光文社文庫 1988年刊行)

作家デビューして、第二作目を書き悩んでいる作家“僕”が主人公。
10年前におこした心中事件を引きずりながら生きている。そして、小説のラスト近く、
やっと再会した女に絞り出すように語る“僕”に向かって女が言った言葉。
「ずっとあなたのことだけ思って生きてきたわけではないのよ」
30年以上前に読んだこの小説のこの台詞を、私は一生忘れないと思う。
別に、30年以上前に女性からそんな言葉言われたわけでもなく、心中事件に羨望も憧れもないけれど・・・この小説の映子が言った言葉は静かに心に届いた。
照れずに言えば、青春の1冊である。

佐藤正午さんとは面識はない。ただ不思議な縁がある。
書店の店長をしていた時に、歳が同じの文芸誌の編集長と飲んでいた。自分の雑誌に誰を推薦するかと聞かれ、私は佐藤正午さんの名前を言った。後日 編集長から電話があり、佐世保で佐藤正午さんと飲んだ時、(私のことを)話したら、その人の名前と連絡先を教えてくれ、と言われたので、伝えたから。連絡があるかもしれないよ、と。
しかし、いつまでたっても佐藤正午さんからは連絡がなく、そのこと自体忘れかけていた時、文芸誌に載った新作の小説のキーパーソンの名前が、私の名前だった!
「佐藤正午さんからのアンサーですよ。推薦してくれた感謝だと思います」後日、編集長がそう、話した。
聞くところによると、佐藤正午さんは、ひと月の3分の1が小説の執筆、3分の1が酒場で飲むこと、3分の1が競輪という生活を続けているという。本当にそんな人生、可能なのだろうか?
文学賞とは無縁の「無冠の帝王」だったが、2015年に山田風太郎賞受賞、2017年に直木賞受賞と、まだまだこれからも第一線で書き続けていく作家だ。
以前、佐藤正午さんのことを書いた時の、言葉をもう一度書く。
「佐藤正午が小説を書く。僕は全力でその小説を読む。ただ、それだけだ。何の問題もない」。










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相原 透

相原 透(アイハラ トオル) 東京生まれ。20余年、都内書店勤務。その後、出版社に転職。 週刊朝日、IN・POCKET(講談社)、銀座百点、公募ガイド 等  雑誌に書評、著者取材・原稿、寄稿多数。 講談社文庫『光二郎 分解日記 相棒は浪人生』(著者:大山淳子 2017年刊行)の解説を書く。 『カタヨリ荘』の住人になれて嬉しくて仕方がない毎日。 好きな作家:池澤夏樹、沢木耕太郎、桜木紫乃、伊吹有喜、大山淳子、柚月裕子