『手紙、電話、そしてヤクザ映画』

紹介本:『ワン・モア』(著者:桜木紫乃 角川文庫 2015年刊行)

何を読んでも(映画を観ても、音楽を聴いても)心が動かない、もしかしたら自分の感受性が擦り切れて駄目になってしまったのではないか?と少々落ち込んでいた時に、文芸評論家の川本三郎氏から、ひとりの作家を読むように薦められた。「北海道に住んでいて、地道に小説を書いている女性作家。今、最も気になっている」と。

作家の名前は桜木紫乃さん。「北海道に住む、女性作家」ということ以外、プロフィールも一切読まず、白紙の気持ちで桜木さんの小説を読んでいった。簡単に物語の扉を開けてくれない、読みにくさを感じながらも、追いかけるように桜木さんの小説にぶつかっていった。どの小説も気持ちが騒いだ。

やがて『ワン・モア』と出会う。ひたむきであること、うわべでない優しさ、真剣さがこの小説の中にあった。縁あって、単行本の帯の推薦文を書いてほしいと出版社から依頼があった。「本がボロボロになるまで、繰り返し読みたい、深い作品です」と書くと、出版社経由で桜木さんから手紙が届いた。「ボロボロになったら、新しい本、贈ります」と。
その頃、著者インタビューに答えている桜木さんの写真・経歴を読んだ。私と同じ歳だった。
そのインタビューで桜木さんはこう語った。「『ワン・モア』の登場人物の中で、週末はパンツをはかない男(それほど女性にもてる)がでてきますが、主人が結婚前、そう言われていたらしくて、でも結婚したらパンツをはいていました(笑)」と。
私はこのエピソードで、すっかり桜木さんのことが人としても好きになってしまった。

その後、小説『ラブレス』で島清恋愛文学賞を受賞。授賞式に駆けつけたい気持ちを抑えて、お祝いの手紙を書くと、後日、電話をいただいた。その時に桜木さんはヤクザ映画が大好きで、心の栄養だと知った。深作監督の映画から、東映ニューウェーブヤクザシリーズまで、ほぼ私も同じ作品を観ていて、大いに盛り上がった。
今では、新刊の著者インタビューで年に一度、お会いすると開口一番に「最近、ヤクザ映画観ています?」で始まり、なかなか本の話にならないので、お互いに気をつけている今日この頃である。

 


ABOUTこの記事をかいた人

相原 透

相原 透(アイハラ トオル) 東京生まれ。20余年、都内書店勤務。その後、出版社に転職。 週刊朝日、IN・POCKET(講談社)、銀座百点、公募ガイド 等  雑誌に書評、著者取材・原稿、寄稿多数。 講談社文庫『光二郎 分解日記 相棒は浪人生』(著者:大山淳子 2017年刊行)の解説を書く。 『カタヨリ荘』の住人になれて嬉しくて仕方がない毎日。 好きな作家:池澤夏樹、沢木耕太郎、桜木紫乃、伊吹有喜、大山淳子、柚月裕子