彼女の耳

 カミさんは、右の耳が聞こえない。
 いつぞや有名な歌手が引退宣言をしたことで話題になったことがあるから、聞き覚えのある人もいると思うけれど、「突発性難聴」というものだ。
 彼女がそれになったのは小学生の時で、いろいろ検査をしたけれど原因はわからず、何年もかかっていろんな治療を試してみたけれど、結局聴力は戻らなかったのだという。ちょっと不思議なのは、完全に聞こえないのではなく、とても低い音は聞こえたりするらしい。
 耳が片方聞こえないのにミュージシャンになるなんて、ずいぶんガッツがある人なんだなあと思っていたら、本人はそんなつもりはまったくなかったらしく、ある日お母さんが勝手にオーディションに応募していたという、芸能人によくあるパターンだったそうだ。
 それにしても、音がちゃんとステレオで聞こえないのにずっとプロの最前線でミュージシャンをやっていたのかと思うと、並大抵の努力ではなかっただろうなと、敬服してしまう。僕が自分の映画で彼女に音楽を依頼すると、きちんとステレオで曲が上がってくる。そのたびに僕は感心してしまう。こうすればこう聞こえるはずだということが頭の中で鳴っているのだろうか。まるでベートーベンのようだな、なんて思う。「比べもんにならないよ」と彼女は笑いころげるだろうけど。
 子供の頃から片耳が聞こえない生活というのは、ひどく支障をきたすほどの不便はなかったらしいけれど、悲しかったのは、家族みんながわっと笑った時、「なになに?」と聞き直すと、病気になったばかりの時にはきちんと説明してくれてたのが、だんだんと「ああ、いいのいいの、なんでもない」と返されてしまうようになったことだという。もちろん家族にしてみれば、本当にたいしたことではなかったからそう答えたのだろうけれど、悪気はないとわかっていても、ひとり疎外されたような感じがあって、とても寂しかったという。
 彼女が、寂しそうな人に優しいのは、そんな風に育ったからだなと思う。
「逆にいいこともあったよ」と彼女は言う。
「合宿してる時とか、メンバーがいつまでもぎゃーぎゃー騒いでたりすると、聞こえる方の耳をフタみたいに折って寝ちゃうと、もうなんにも聞こえなくなっちゃうから便利だった」なんて。
 だけど、バンドが絶好調の頃の全国ツアー中に、突然両耳が聞こえなくなって、入院をした時は、本当にショックだったという。
「驚いたのは、『聞こえない』っていうのは、『耳が聞こえない』っていうことだけじゃないのね。自分の頭を掻くカリカリっていう音さえ聞こえないの。自分の歯を噛みあわせる音も聞こえなくて、そうしたら味覚まで無くなっちゃった感じがして、自分だけがまったく別空間に入っちゃったみたいで、私はいったいこの先どうなってしまうんだろうと思った」という。
 幸い、左の聴覚だけはまもなく復活したのだけれど、まったく音のない世界にいた、その時の感覚はずっと忘れないという。
 だから、かつて東日本大震災の復興支援のための再結成に彼女が参加を決めた時は、心の底からすごいなと思った。体力的や技術的にちゃんとしたレベルで演奏できるだろうかということ以上に、ツアー中にまた耳が聞こえなくなったりしないだろうかという不安が彼女にあることは、近くにいる僕にはとてもよくわかっていたからだ。そしてその時は今度こそ二度と聞こえなくなってしまうのではという不安がある中、それでも彼女は決心した。そのことを僕は一生尊敬するし、そういう彼女を誇りに思う。
 彼女が大きく踏み出したことで、彼女は多くの人々に感動を与えたし、なにより僕たち家族に、かけがえのない思い出と、それまで以上の大きな絆を与えてくれた。「お母さんの負担になるべくならないように協力しあおうね」と誓いあった時の、娘の真剣な表情を今でも思い出す。
 何かを失うことを恐れては、新しい何かが手に入らない。そんな風に思う。
 逆に、何かを失うと、必ず違う何かが手に入るのだとも思う。もし大切な物を失っても、大切な思い出が手に入る。思い出は物よりもいいことだってある。そんな風に思う。
 散歩をする時、僕と娘は、彼女の左側を歩く。どんなにバカバカしい話でも彼女に聞こえるように。
 かつて彼女が失ったのはとてもとても大きいものだったけれど、でも、その大きさの分だけ、人の寂しさや痛みを知って、優しさという大きな宝物を手に入れたんじゃないかと思う。そしてその優しさが大好きな、僕と娘からの愛を手に入れた。何かを失えば、ちょうどその分だけの、別の何かが必ず手に入る。失ったものが大事なものであるほど、手に入るものもとても大きい。
「幸せっていうのは、持てる量が決まってるんじゃないかしらね」と彼女と話したことがある。幸せは、両手にいっぱい持っている砂のようなもので、上から降ってくると、その分、同じ量が手の隙間からこぼれていく。欲張ってたくさん持とうとすると、かえって隙間から多くこぼれていってしまう。だから、そっと、少しずつ変化していく幸せを静かに見つめていることが大事なんじゃないだろうか、と。
 もし、突然また彼女の耳が聞こえなくなる日がきたら、と考えることがある。それだけで胸が締め付けられる。娘のあの可愛らしい声を聞かせてあげられないなんて、と想像すると、たまらない気持ちになる。
 でも、とも思う。もしも彼女の耳が聞こえなくなったら、僕と娘は、きっと毎日、何かしら彼女を喜ばせる方法を一生懸命考え出すと思うのだ。「あ、いいの、たいしたことないから」なんてことは口が裂けても言わない。
 娘が小さい頃によく一緒に読んでいた『おはようスーちゃん』(ジョーン・G・ロビンソン作 アリス館)という本がある。その中に、僕と娘のお気に入りの「おるすばん」というエピソードがあって、それは、お出かけから帰ってきたママをびっくり大喜びさせるためにスーちゃんとパパが部屋のいろんな所を直したりきれいにしたり奮闘する話なのだけれど、僕らはそれを真似して、普段やらないところの掃除をしたり、引き出しに「いつもありがとう」なんてカードを入れておいたり、いっぱいびっくりの仕掛けを施して楽しんだことがあるのだけれど、きっとあんな風に、僕と娘は、生活全部を彼女仕様に変えて、耳が聞こえないからこその素敵なサプライズを考えて、毎日彼女を喜ばせようとするのだろう。耳が聞こえていたらこんな幸せは手に入れられなかっただろうなと彼女が思ってくれるまで、あれやこれやの大作戦を遂行するに違いない。

 何かを失ったら、必ず、それに見合う何かが手に入る。
 そう思って、常に前を向いて、恐れずに生きていきたい。