どこでもウォシュレット

 どこでもウォシュレット。
 なんか、ピューっと温水の出る携帯用のウォシュレットを連想してしまいそうだが、そうじゃなくて、それが日本の印象なのだそうだ。
 もう長いこと外国に住んでいる友人が数年ぶりに帰国したので、「どう、久しぶりの日本は?」と聞いたら、「もー、街が全然変わっちゃっててわからない! 昔よく行ってた店が無くなっちゃってたりすると、知り合いがみんないなくなっちゃった感じで、自分はもうこの国の人間じゃないんだなあって、寂しいね。でも、そんなことより驚いたのは、トイレだね」と言う。
「トイレ? なんで」
「どうして、日本中どこに行ってもウォシュレットがあるの? なんで公園にウォシュレットが置いてあるの?」
「公園に?」
 一瞬、シーソーの乗るトコとかパンダとかキリンとかがみんなウォシュレットに変わっている映像を思い浮かべてしまった僕だったが、
「違う、違う! 公園のトイレがウォシュレットってこと! あれ、なんでなの? 空港やデパートやホテルはわかるわよ、高い金払わせるところだし、来て欲しいわけだから、そのぐらいのサービスしなくちゃさ。ところがさ、それだけじゃなくて、日本はどこの会社に行っても、誰の家に行っても、まず間違いなく便座は温まってて、ウォシュレットがついてるわけ。これにはびっくりしたね。やっぱり日本は先進国なんだなあ、すごいなあと思って。でもさ! 公衆トイレまでウォシュレットにする必要あるわけ? そんなに日本人は、お尻に水を当てないと気が済まないの?」
 そう言われてみると、僕は男性なのであまり外出先で大の方をしないから気がつかなかったけど、確かにどこに行っても、「おしり」と書いた文字とシャワーのマークのボタンは当たり前に見ているなあと、気がついた。
「でしょ? どこの公園に行っても、男性女性とは別にオムツ替えができたり車椅子で入れるトイレがある。これは素晴らしいと思う。でも、ウォシュレットに関しては、意味がわからない。国民的なニーズなの?」
「国民的ニーズ……」
「だって衛生的なこと考えたら、水洗であれば充分なわけじゃない。お尻に水当てる必要ないよね。ある?」
「必要……はないと思う。お尻に水当てないと大変なことになっちゃう人って、思いつかない」
「だよね。いても本当に少数派だよね。国民的、文化的、宗教的に、絶対のニーズじゃないよね。なのに、税金使って、コンセントから電気引っ張って待機電力使ってまでお尻に水当てる必要があるのかってこと。お金が余りに余ってるならまだしもさ、経済格差が謳われる今、違うところに使って欲しい切実な人々もたくさんいるだろうに、なんで文句を言う人がいないのかって不思議でさ」
「うーん……。でも、言ってる意味はわかる」
「昔自分が初めて外国に行った時にホテルでビデを見て、最初意味がわからなくてカルチャーショックを受けたことあったけどさ、今、逆に日本にカルチャーショックを感じるね。日本人はみんな、外出先でウォシュレットを使うのが当たり前な人たちなのかって。そして驚いたことにさ、どのトイレもたいがい壊れてないんだよね。どこの国でもさ、トイレが5、6個並んでたら、そのうちの1個はたいがい故障中の張り紙が貼ってあるじゃない。でも日本はそうじゃないのね。落書きもほとんどないし、使えないほど汚れてることなんかまずない。便器が割れてることもない。壊すヤツがいないんだね。トイレ警備専門のトイレ警察とかがあるんじゃないかって思うぐらい。私の国だったらさ、公衆トイレにウォシュレットが設置されたとしたら、一ヶ月も経たないうちに誰かが取り外して持ってっちゃうね。日本はすごいよね。異常だよね」
 異常だという言葉には思わず笑ってしまったけれど、言いたいことはわかった。
 僕もいろんな辺境の国に行ったり長く滞在したことがあったから、帰ってきた時に似たようなカルチャーショックを感じたことがある。国によっては便座はおろか、いわゆる金隠しもなくてただ穴だけが空いているトイレなんてのもあったし、個室のドアもなくて周りの人のお尻がお互い丸見えな状態でしなければいけない経験もあって、近年ではそういう国は少なくなってきたと思うけれど、そういう滞在に慣れてしまうと、帰国した時に今度は日本の丁寧さや清潔さにびっくりして、時には親切すぎる配慮を異常だと感じることもあるのだ。だから、公共のトイレが壊れてないのは、日本人にしてみれば当たり前のことだけれど、確かに他の国からきた人から見れば珍しいかもしれない。昔、アメリカに数ヶ月居て帰ってきた時のカルチャーショックは、僕の場合は自動販売機だった。日本は、どこに行ってもジュースの自動販売機がある。まず1ブロックに1台は見かける。そして、壊れていない。これってすごいことだと思うのだ。だってその金属の箱の中にはお金がたくさん入っている訳で、プロの犯罪者から見ればこれはもう、剥き出しでお金が置いてあるのと一緒だと思うのだ。レジで包丁を突きつけるようなリスクを追わなくても、バール一本でそれを盗めるわけで、でもそうなってないのは、日本の警察が優秀だからというより、「人に迷惑をかけてはいけない」という、日本人の基本的な倫理観のおかげだと思うのだ。
 日本人は、みんなで使う物は大事に使わなくてはいけないと、無意識に思っているのだと思う。そしてみんなのためにと言われると、自分に必要がなくても、使い道に文句を言っちゃいけないと思っている。良くも悪くもそういう民族性なんだなと、彼女と話をしていて、改めて思ったのだった。