緒形拳さんのこと 4

 久々に再会した『タイムリミット』の現場で世間話をするうち、緒形さんに「利重、いくつになった」と聞かれて、「もう41ですよ」と答えながら、ふと、『羽田浦地図』の時に緒形さんがこんなことを言っていたのを思い出した。
「俺は、20代後半で大きなチャンスを掴んで、おかげで30代はたくさん面白い仕事が出来たし、充実してた。だけど、本当に面白いのは40からだと思う。40代になったらいよいよ面白くなった。だから俺は今、もっと貪欲にやっていこうと思ってる。俺に興味を持ってくれるいろんな監督たちの仕事にどんどん飛び込んでいくし、こっちからも声をかけていくんだ」
 それで僕も、「オレも40になりましたよ。あの時緒形さんが言ってた言葉がわかるようになってきた。確かに、自分に力がついてきたのも感じるし、一緒にやれる仲間も増えて、いよいよ本当に面白いことができそうだなって、この40代が楽しみになってきた」と言った。
 そしたら緒形さんは、にまーっと笑い出し、
「ばか、本当に面白いのは60からだ。それに比べたら40なんてまだまだ全然だ」
とか言いやがるのだ。
「はあ?ちょっと待って待って。40代が楽しいって言ったの、そもそも緒形さんでしょ」
「そうか、じゃあ、それはウソだ」
「ウソじゃないだろっ!今、俺、楽しいって話をしてんのに」
「楽しいだろうけど、そんなのまだまだだ。60はもう本当に楽しい。60にならないと、この気持ちはわからない」
「まったく、このおっさんは、悔しいこと言うね」と言ったら、緒形さんは、もっと嬉しそうな顔をして笑った。

それからまた何年かして、大河ドラマ『風林火山』で会った時は、緒形さんがちょうど70だったので、「どうなのよ70歳は。60より面白い?」と聞いてみた。
 すると緒形さんは、また、こう言った。
「いいね。ますますいい。この気持ちになるために、今までの時間があったのか、と思うね。今までの時間は、この気持ちになるための準備だったのかと」
なんて、憎いことをまたまた言いやがる。
 だけど嬉しかった。ずっと追いつけないのが悔しくもあり、楽しくもあった。だって、歳はとればとるほど面白いって、あの緒形拳が保証してくれてるんだから。自分も生きるのがますます楽しみになるじゃないか。
 後から考えたら、その時の緒形さんはもう何年も癌と闘っていたわけで、そんなことをまったく知らずに僕は、「70にもなるとさ、死ぬのがちょっとずつ近づいてきてるなとか思ったりすることあるの?ちょっと怖いとか思う時ある?」なんて、思えば残酷な質問をしてたんだけど、それに対しての答えが、満面の笑顔で「ますますいいね」なんだから、感動してしまう。

 最後に会ったのは『風のガーデン』の顔合わせだった。
 緒形さんはなんだかすっかりおじいさんの顔になっていて、そんな歳でもないのになあと、ちょっと不思議に思ったけれど、幸せそうな、めちゃくちゃ良い顔をしていた。
 読み合わせの時に補聴器をしてるのが見えたから、「緒形さん、耳悪くなったの?」と聞いたら、「いや、俺、前から悪い。若い時に馬から落ちてから。そん時に、変なところ打っちゃったんだろうな」と言う。
「なるほど。じゃ、きっと、そん時悪くなったのは耳だけじゃないね」とふざけたら、緒形さんはまた嬉しそうに、「そうだな。きっとな」と笑った。思えば、緒形さんとの会話は、そんな冗談ばかりだったな。

 ああいう人がいなくなって、寂しい。緒形さんは、心から、生きることを謳歌していた。無邪気で好奇心いっぱい、自由で野放図でありながら、礼節と恩義は誰よりも重んじ、それが矛盾しない人だった。緒形さんが亡くなって10年が経つが、この世界は、緒形拳さんというかけらを失ってしまい、そこを埋める人はいないんだな、と時々思う。
 緒形さんとは演技についての話をあまりしなかったけれど、普通の話をするのが楽しかった。だから、俳優の先輩というよりも、どこかで親戚の人みたいな気がしていた。それは多分、緒形さんの、人との距離感の近さというか、自然さのせいだったんだと思う。
 我が師、岡本喜八監督が亡くなった時も、おそらく現場から真っ先に駆けつけてくれて、長い間居てくれた。そして弔問の人が増えてきたら、すっと僕の近くに来て「じゃあ、頼んだぞ」と言って帰っていった。その「頼んだぞ」の言葉が忘れられない。きっと、緒形さんも喜八監督のことを親戚のように思っていたんじゃないかと思う。

 緒形さんの話は今回でおしまい。考えてみたら緒形さんと共演した仕事はほんのちょっとなのに、これだけ思い出に残っているのだから、人間としての魅力がすごかったんだなと、改めて感じる。
 緒形さんの話は誰から聞いても面白い。みんな、顔を輝かせて話をする。たいがいは抱腹絶倒のエピソードだ。誰か、いろんな人の思い出話を聞いて回って、緒形さんの面白本でも作ったらいいのにと思う。
 そんなことを考えると、「ばか、よせ」と、またあの笑顔が浮かんできて笑ってしまう。