毛。

 眉毛って、いったいなんの機能があるんですか?
 まつげはまあ、わかるよ。目にゴミが入りにくくしてるよね。髪の毛ももちろんわかる。天然のヘルメットだもんね。鼻毛もわかる。でも、眉毛は?
「うーん。やっぱり何か守ってるんでしょうね」
と、僕の髪を切りながらウチダさんが言う。
「え、何を」
「いや、それはわからないですけど」
「眉毛だよ?」
「……雨が目に垂れにくくしてるとか?」
「あ、……そうかも」
「もしパーマ液とか垂れちゃっても、目の方に垂れる前にそこで一回防いでくれますしね」
「すごい、さすが、美容師の発想だ!」
「いやいや」
「普段、雨が目に入って鬱陶しいっていう状況がないから意識しなかったけど、確かにそういう機能は微妙にあるかもね。てことは、傘っていうのは、ものすごく大きな眉毛っていう考え方もできるのかしら」
「いや、それはどうでしょう。それより、なんで眉毛なんですか」
「うん。近年眉毛が薄くなってきたのを実感しているのね、オレ。若い頃はけっこうゲジゲジに濃くて、眉間まで一本眉毛みたいに繋がってたのよ。時々剃らなきゃいけないぐらい」
「はあ」
「ミケンだよ、コカンじゃないよ。コカンは剃らないよ」
「聞いてません」
「昔、ある監督さんが、気難しそうな顔してる美人女優さんに、間違えて『コカンにシワが寄ってるよ』って言っちゃって、思わず全員がその女優さんの股間を見つめちゃったことがあったけどね。あはは。思わず本人も見ちゃってたよ」
「それでミケンがどうしたんですか」
「あ、それがね。歳とってきたらいつの間にか眉間に毛は生えなくなってさ。だんだん全体も薄くなってまばらな部分が出てきたり、輪郭もくっきりしなくなった上に、端が少し垂れ下がってきて、八の字っぽくなってきてんのよ」
「まあ、そうですね」
「これ、薄くなるのはさ、長年こすりすぎたから? いや、そんなに眉毛こすった記憶はないけど」
「さあ」
「それとももう守らなくても良くなってきたから? 歳とったら雨に濡れることも少ないだろうって身体が判断してるわけ?」
「いや、そこは単純に老化だと思いますが」
「不思議なのはさあ。眉毛全体に薄くなってるくせに、何本か逆にさ、長く伸びちゃうヤツが現れたでしょ。これ、気づいたメイクさんが時々切ってくれるんだけど、ほっといたら、いつぞやの首相の村山さんだっけ、きっとあんな風になるよね。これはなぜ? この数本は俺の何を守ろうとしているの? 何から?」
「……」
「これ、進んでいくと、好々爺みたいな顔になってくよね、オレ。もはやセクシーさのかけらもない感じの」
「あ、でも、そのためかも」
「へ、何が?」
「歳とって力が無くなってきたら、敵を作らない方がいいですよね。だから、害のない顔になった方がいいじゃないですか。それに歳とってやたらセクシーなのも困るでしょ。若い人より人生経験があって話題も豊富なわけだから、内面は魅力が増してるわけじゃないですか。そこにきて若い男より金に余裕でもあってセクシーだったら、女の子はみんなそっち行っちゃうじゃないですか。そりゃまずいですよ、生き物としては。だから、若い男から女を奪ったりしないようにしてるんですよ、種の保存のために」
「へなちょこ眉毛で?」
「へなちょこ眉毛で」
「……。まあ、いいや、そういうことにしておこう」
「よかったです」
「……じゃあさ、耳毛は?」
「え」
「あれ、歳とると急に生えだす人って多いじゃない? 耳からはみ出るぐらい。あれは? 何守ってんの? 歳とったらもっとよく聞こえるようにした方がいいのに、なに毛ぇ生やして聞こえにくくしちゃってんの?」
「……聞きたくない話から守ってるんじゃないですか」
「あ、なるほどー! 嫌な話やめんどくさい話から守ってるわけね。聞こえないふりとかじゃなくて、もう具体的に聞こえなくするわけね」
「はい。だって、利重さん、僕、さっきから、もう耳毛生えそうですもん」